ダウン症のこどもが産まれて|合併症とNICUでの様子

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ダウン症
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我が子はダウン症の遺伝子を持って産まれました。

呼吸障害や心雑音があったため、産まれてすぐに、出産したクリニック近くの総合病院に運ばれ、NICUへ。

  • 約1ヶ月半の、NICUでの様子
  • 合併症のこと
  • 入院中の息子の病状
  • NICUでの経過や、私の心境

など、思い返しながら書いています。

今は7歳になり、元気いっぱいですが、この頃は不安や心配、罪悪感、離れている寂しさなど、いろんな思いがありました。

ダウン症とはいっても、生まれ持った合併症も、病状も、状況も、感情も、それぞれ全く違うと思います。

でも私は、息子が産まれて色々検索してた時、対応に困って調べてた時

専門家が書いてるマニュアル記事じゃなく、実際に育てている人のリアルが知りたかった。

全部同じってことはないけど

ひとつ共通点があるだけでも、自分ひとりじゃないと思えた。

今、同じような境遇のお父さん、お母さんがもし見てくださっていたら

他の人のエピソードに触れて、共感することがあったり

全然違ったとしても、ただ他の人の文章を読むだけで、気が紛たり

少しでも、心が軽くなってもらえたらいいな、と思っています。

 

産まれてすぐのこと

息子を出産した直後、特徴的な顔を見て、すぐにダウン症を疑った私。

そして、先生からも、「ダウン症の特徴がある」と言われ

やっぱり。と思いました。

元気ならよかったのですが…

  • 心雑音がある
  • 呼吸が弱い

ということで、早々に、息子だけ大きな病院へ運ばれました。

産まれた時の状況は、こちらに詳しく書いていますので、よかったらぜひ読んでみてください。

ダウン症の子どもが産まれたときの状況&心境

 

病状と合併症

最初に診断された合併症と、病状としては

  • 呼吸障害
  • 弱吸啜
  • 動脈管開存症
  • 多指症

たくさんの管をつけられて、それでも、頑張って生きてくれている。

息子が産まれて、私は初めて『愛おしい』っていう感情を知りました。

健康に産んであげられなかったことで、申し訳ない、という気持ちも…

呼吸障害

自力での呼吸が弱かった息子。

保育器に入っていましたが、4日目に保育器から出てからは、酸素チューブが付けられていました。

鼻に付いているチューブがこすれて、傷になってしまっていて、痛々しい…

取るわけにもいかないし、かわいそうでした。

心拍なのか、酸素の数値なのか、よくわからないけれど、よく機械から警告音が鳴っていたのです…

その度にドキッとして、心配になりましたが、すぐ鳴り止めば、特に問題なかったようで

「大丈夫、大丈夫」と、看護師さんが時々声をかけてくださっていました。

みなさん優しくて、あったかかった。

呼吸器のチューブが取れるまで、約1ヶ月かかりました。

哺乳障害

赤ちゃんには、生まれつき【吸啜反射】というものが備わっています。

口の近くに何かあると、吸いつこうとする、生存本能みたいなものですね。

息子は、この反射も弱く、哺乳瓶の先を口に近づけても、あまり反応なし。

何度かちょんちょんと、唇にくっつけてみたり

唇の隙間からねじ込んでみる。

それぐらいしてあげないと、口に含まないような感じでした。

吸う力も弱く、飲むのも時間がかかるし、吸い始めても、途中で疲れてしまって、口から飲める量だけだと全然足りない。

しばらくは、飲みきれなかった残りを、胃ろうのチューブから入れていました。

それでも、少しずつ口から飲める量が増えていきました。

最初は全部が胃ろうからの栄養だったところから、少しずつ自力で飲めるようになってきて

「今日は自分で全部飲んだよ!」と

初めて全部飲めたと聞いた時はめちゃくちゃ嬉しかった。

自力で全部飲めることが多くなってきて、口のチューブが抜けたのは、生後1ヶ月頃でした。

その後は順調に飲めていて、体重が減ったりするともなかったです。

動脈管開存症

胎児期は、肺呼吸ではないため、この【動脈管】が元々みんな開いているそうです。

通常の赤ちゃんは、産まれてから肺呼吸になると、この動脈管は自然に閉じるもの

だそうですが

これが閉じず、血液の逆流が起きてしまうため、心臓や肺に負担がかかってしまう。

呼吸障害や哺乳障害も、これが影響している

とのことでした。

その後成長して、閉じたのか、どうなのか?

閉じたならいつ閉じたのか?はっきりわからないのですが…

この時は、そんな病名聞いたこともないし、

閉じるはずのものが開いたままで血液が逆流…ってめっちゃ怖いじゃないですか!

それでもちゃんと生きている、息子の生命力の強さと、医学の凄さを感じました。

多指症

ダウン症の合併症としては、珍しいそうですが

右手の親指の横に、オマケの指がついていました。

写真は少し大きくなってからのものですが

猫の爪みたいなかわいい爪も付いていて、私も夫も気に入っていました。

もちろん最初は驚きましたが。

多指症のことは別の記事で詳しく書いていますので、よければこちらもぜひ。

指が多い?多指症の手術と術前・術後の様子

MRSA

これは先天的なものではなく、感染症なのですが

健康な人が保菌していても問題なく、無症状だそうですが、弱ってる人が感染するといろいろ症状が現れるそうです。

個人的には、このMRSAが一番ダメージが大きかったです。

最初の変化は、目やにや鼻水がすごく多くなってきたな、ぐらいの感じでした。

会いに行くと、いつも目やにで目がくっついて、しかもちょっと腫れていた気がします。

頻繁に目やにを拭き取っていました。

やっと少しずつ、口から飲めるミルクの量が増えてきていた頃。

すごく呼吸がしんどそうで、全然飲めなかった。

少しずつ元気になって、良くなっていたはずなのに

自分でミルクを飲めるようになってきていたはずなのに

また飲めなくなっている…

電車で家に帰る途中、息子を産んでから、初めて泣きました。

どうしてあげればいいのかわからないし、この時はまだ原因もわかっていなくて、

このまま衰弱していってしまったらどうしよう、とか

先が見えなくなってきてしまったんですよね。

心配と不安でいっぱいでした。

次の日、先生からMRSAという病名と、原因が判明したから、ちゃんと改善していく、ということを聞きました。

そしてなんとか、少しずつ元気になっていき、目やにや鼻水も減って、ミルクもまた飲めるようになっていきました。

 

退院まで

少しずつ体力もつき、元気になってきて、退院という見通しが少しずつ見えてきました。

これまで看護師さん主導でしてくれていた息子のお世話を、私たちがしっかりこなしていかなければいけません。

沐浴・授乳

沐浴も、点滴やいろんなチューブがついていたので、全部外れて、初めて私が入れてあげられるように。

そして

ついに、母乳を直接あげる練習!!

私はいつも、搾乳した母乳を冷凍して毎日持って行っていました。

そのため、直接母乳をまだあげたことがなかったのです。

吸う力が弱いので、もしかしたら直接母乳が難しいかも、と言われていました。

でも、いざあげてみると、吸わなくても勝手に出るので、哺乳瓶を吸うよりもたくさん飲めてたようです。

飲む前と後の体重で、飲んだ量を量るのですが、毎回しっかり飲めていました。

息子には直接母乳が意外にも合っていたようです。

退院前に親子で病室へ

出産から1ヶ月半、ついに退院です。

が…

つい数日前まで酸素やミルク用のチューブが付いていたり

機械からの警告音が、減ったとはいえ時々鳴ることもあるのに、本当に退院して大丈夫なのか?

家で呼吸止まったりしたらどうしょう。

急になんかあったらどうしよう。

家から病院まで車で40分くらいかかるけど?

自宅用の酸素を用意してもいいけど、そこまで悪い状態でもないよ、と。

そうは言っても…

もう本当に、めちゃくちゃ不安いっぱいでした。

そこで、看護師さんの提案で、一般の病室で、親子で2日間ほど過ごしてみることに。

何かあれば、すぐに対応してもらえるし、安心して親子で過ごせる。

そんなわけで、一泊二日の親子入院となりました。

そして、とくに何も起きることなく、私の不安も少し和らぎ

無事、次の日に退院することができました。

さいごに

改めて思い返してみると、いろんなこと、いろんな思いがありました。

退院したら退院したで、心配も不安も尽きなくて。

でも、それも今となってはいい思い出です。

私にはこの経験が必要だった。

意味のある経験だった。と思えます。

今渦中にいる人は、そう思えない時もあると思うけど、

苦しいのはずっと続くわけじゃない。

今も問題はゼロじゃなくて、日々いろいろありますが

周りの人たちに支えてもらいながらでも、ゆっくりでも、少しずつ前進していけたらいいですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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